診察室からみえるメデイア雑景 第四講
旧約聖書によれば、ノアの洪水が襲い、その後バベルの塔が崩壊したのですが、イメージ的にはバベル(バブル)が崩壊し、ノアの洪水が襲ったという方がぴったりきます。神ヤーフェは「地上に人の悪が増大し」たことを悔やみ、洪水を起こし、「わたしの前に正しい」ノアの全家族といくらかの動物・鳥を残しました。その後ノアの子孫の諸氏族が地上に分かれ出た。人々は頂が天に届く塔を建て、名をあげようとした。彼らが「一つの民、一つのことばで、このようなことをすること」を懼れたヤーフェは、ことばを混乱させ、互いに言葉が通じないようにした。石原慎太郎氏が発した「津波をうまく利用して我欲を一回洗い落とす必要がある。これはやっぱり天罰だと思う」という天譴論(てんけんろん)に則るこの言葉に、僕は共感することはできません。どうやら氏の立ち位置はバベルの塔を築かんとする強者の側にあるようです。
④医療とメデイア
2009年2月、NHKは「うつ病治療 常識が変わる」を放映しました。これはとんでもない内容で、確かに精神科診療の一面を暴いてはいるのかも知れませんが、大変ショッキングなものでした。いくつかの医療機関を訪れたが、行く先々診断名がすべて違っていた。碌に精神科研修を受けていない精神科医が悪評高いカクテル療法を行い、治りもしないままに患者を薬漬けにしている。そういった患者が某大学の有名教授の下を訪れるや、薬を漸減していくことですっかり良くなったという内容のものでした。この報道は、患者さんにも精神科医にも、大変迷惑なものとなりました。日本でSSRIが使用される(1997年)前に、NHK(NHKスペシャル『脳内薬品が心を操る』1996.12)は欧米で既に使用されていたプロザックを「魔法の薬」として紹介し、これも一大センセーションを引き起こしました。プロッザクを自ら個人輸入して服用する人が話題になりましたし、個人輸入したプロザックを処方する精神科クリニックもありました。その翌年に日本で初めてのSSRI(フルボキサミン)が認可され、爆発的に使用されるようになった訳です。あたかも万能薬であるかの触れ込みで、精神科だけではなく様々な医療機関で使用されるようになりました。うつ病の発病率は年々上昇し、自殺者も年間3万人を超える年が続いています。「魔法の薬」を使っても治らないとはどういうことか? NHKが引き起こした精神科ブームがNHKの思い通りにならなかったことによってか、10数年後にNHKが取った方法は、精神科医を糾弾することによって軌道修正しようとするやり方でした。このNHKのプロデユ―スは果たして成功したのでしょうか? 2011年11月NHKはクローズアップ現代で、『広がる“現代型うつ”心が弱い若者たち』を放映しています。九州大学医学部精神科の神庭重信教授が解説するこの番組は穏やかなものでした。しかしこの番組を巡っては水面下でのやり取りがありました。それは2011年2月に放映された番組「うつ病は“心”から治せるか。注目される認知行動療法」において事実無根の内容が放映され、それに憤った某精神科医が所属協会を通じて、クローズアップ現代での事前アンケート調査への協力ボイコット運動を起こしました。結果NHKは、この事実には勿論触れずに不完全なアンケート結果を放映しました。どうやらNHKは、だらしない精神科医に代わって精神科医療の最前線に立ち、進むべき方向を指揮しようとしているようです。いっそのことNHKが、精神科病院を造ってしまえばいいのにとも思います。『ためしてガッテン』に続く高視聴率を狙った番組つくりなのでしょうか。犯人探しをし、視聴者を攪乱する番組が、メデイアと呼べるのかどうかは議論があります。1993年ピュリッツアー賞を受賞したケビン・カーターは、「報道か人命か」という問題を投げかけました。取り敢えずの結論は、「ジャーナリストは対象(被写体)に触れるべきではない」と(この結論が出た後、彼ケビン・カーターは自殺してしまいましたが)。この意味で言うなら、NHKのこの報道は、メデイア・リテラシーに悖っているのではないか。
そもそもどうして精神科医療はこのような報道の対象になったのでしょう。その理由を探るには少しく歴史を紐解いてみるしかありません。DSM-Ⅲ(精神疾患の診断と統計のための手引き-第三版)が登場したのは1980年のことでした。私が精神科に入局したのが1979年ですが、1980年の登場当時はDSM-Ⅲに対して精神科医たちは違和感を覚えていました。それまでの伝統的医学における診断と治療が一体となった診断学(「人間学的理解」や「哲学的意味」、「心因」や「状況因」「病前性格」といったものが生きていた伝統的診断においては、診断過程は同時に治療的要素を含んでいた、のです)とは全く違っていたからです。それでもDSM−Ⅲは徐々に浸透していき、わが国の精神科の中で広く使われるようになったのは1980年代後半のことでしょうか。自然科学だけでなく心理学や言語学の研究者にコンピューターが普及するようになったのは1970年代です。英国のロンゲット・ヒギンズ卿が認知科学cognitive scienceという呼称を使用したのは1973年でした。「心理学、神経科学、言語学、そして情報科学の分野をリードしていた各大学などの世界の代表的な研究拠点で、情報の概念や情報科学の方法論が体系的に活用され、認知科学の知的営みが世界に広がり始めました。心と脳のはたらきを解明するためには情報の表現と処理という新しい考え方が重要であることが、縦割りの学問分野を超えて共有されるように」(安西祐一郎著『心と脳』岩波新書 2011)なりました。最近の脳研究においては、「脳の特定の活動について仮説を立てて演繹的に研究を進める仮説指向(hypothesis driven)の方法だけでなく、大量のデータを取ってそれを網羅的に解析するデータ指向(data-driven)の方法に関心が向くようになって」(前掲書)きました。大量データの規則性を自動的に発見するアルゴリズムや、ベイズ推定と呼ばれる数理統計学的な方法が急速に導入されています。こういった時代背景の中で、「一人の人を、どの医師が診断しても、同じように診断されることを目的として」(加藤忠史著『うつ病の脳科学』幻冬舎新書 2009)DSM−Ⅲが作られました。「確かにDSM−Ⅲは未だ不完全な基準ですが、それ以前のもっとひどい混沌を整理し、今も研究の役に立っていることは、疑いようもない事実」(前掲書)と加藤さんは述べますが、そうでしょうか? それ以前は本当に「もっとひどい混沌」だったのでしょうか?
「ものを見ることは心理的なプロセス」(福岡伸一)であり、暗黙知tacit knowingを引き合いに出すまでもなく、われわれはデータ志向的な見方をしていないであろう。たとえば「盲視Blind Sight」を一つの例として掲げてもいいかも知れません。右脳の視覚野が障害されると、右側は正常に見えますが視野の左半分が見えなくなります。
よって上のような図を見てもらうと、図Bはビルの左半分が崩れ落ちているのですが、AもBも同じに見えるはずです。ところが「どっちのビルに住みたいですか?」と訊くと、「こっちには住みたくないな」とBのビルを指さしながら答えてくれます。これは、視神経が視床の直前で上丘に枝分かれしていることから生じると考えられています。つまり私たちは第一次視覚野だけではなく、上丘でもものを見ている訳です。そのため盲視が生じるのです。脳では、こういった大脳新皮質と古皮質との連動が常に生じているのです。そのため認知、認識には観察者の主観・情緒が大きく影響することになります。そもそも一人の人を、特に精神的に分かるということはどういうことなのでしょうか? 恐らくここでは「共感」が一つのkey wordとなるでしょうし、「ミラー・ニューロン」や「心の理論」を取り上げるまでもなく、私たちは「データ指向」的に人を認識していないのではないか。それにも拘わらず昨今の「デジタル的な精神医学」(データ指向的に診断・治療しようとする精神医学の流れを、私はこう呼ぶことにします)においては、伝統的(アナログ的)な精神医学が謳い続けてきた「関与しながらの観察」(H.S.Sullivan)や三者心理学、二者心理学は影を潜め、一者心理学が中心となってしまっています。関係性が失われ、人間ではなく人を(人間の「間」が抜け落ちてしまっているのです)見る視点へと変貌して来ています。
第四講は「医療とメデイア」という題名を掲げましたが、医療といっても大半は精神科医療を取り上げることになります。これは私の力量からしたら、止むを得ないことですので悪しからず。遅ればせながら精神科医療もデジタル化されてきています。これは精神科でも電子カルテを使用するところが増えてきたからということだけを言っているのではないのです。精神科医療そのものがデジタル化してきているということなのです。勿論精神科以外の科は疾うにデジタル化されていて、デジタル化することが医療の進歩といった側面がありました。聴診器を駆使して心雑音を聞き、弁の異常を診断するような職人技的な技術は廃れていき、神経内科医が打鍵器ひとつで様々な神経学的な異常を見出すこれまた職人技的な技術も、デジタル機器の次々たる登場によって失われていってしまいました。精神科は医療の中で、第一講でみた「本」と同じ運命にあり、デジタル化の流れへの最後の砦となっているように思います。確かに精神科においてもデジタル化は進歩なのでしょうが、この変化にはもう少しデリケートに対応する必要があるようです。
パーソンズ(1951,1975)は、患者・医師関係を「合意」に基づく二者間の役割関係と捉え、患者は病人役割sick rollとして、病気状態に対する責任と通常の社会的役割責務からの免除という権利を得る一方、回復義務と専門的援助を受ける義務を負う。患者は合意のもとで専門家としての医師に責務と権限を委譲するとされていた。これに対してフリードマン(1970)は、患者・医師関係における両者の葛藤に焦点を当てました。この流れの整理の意味で、ローター等の図を掲げてみましょう。
患者の支配 医師の支配
低い 高い
低い 機能停止 父権主義
高い 消費者主義 相互性
(Roter,D..L.,Hall.J.A. 2007)
父権主義は、受動的な患者と専門家としての支配的な医師という、最も古典的な患者・医師関係を指します。消費者主義は、患者の価値観は患者自身が定義し、医師の役割は買い手の好みにあう情報とサービスの提供ということになります。一方、医師、患者が補完的な関係にあるものを相互性と呼び、これこそが医患関係の理想とローター等は述べます。
1980年代以降、消費者主義が経済だけでなく医療をも席巻します。日本はバブル経済真っ盛りでした。ジュリアーナ東京が閉鎖したのは1991年でした。
内田樹さん(『街場のメデイア論』光文社新書 2010)は「患者さま」という呼称を採用するようになってから、病院の中でいくつか際立った変化が起きたことを伝えています。「一つは、入院患者が院内規則を守らなくなったこと(飲酒喫煙とか無断外出とか)、一つはナースに暴言を吐くようになったこと、一つは入院費を払わずに退院する患者が出てきたこと。以上三点が「患者さま」導入の「成果」です」と。消費者主義の最たるものが「患者さま」であり、モンスター・ペイシェントの登場であり、クレイマー患者の増加ということなのでしょう。岩田健太郎著『「患者様が」医療を壊す』(新潮選書 2011)は痛快な書です。本当か嘘か、「正しい」「間違っている」という二項対立的なアメリカ的世界観にメスを入れ、対立と論争を引き起こす「アメリカ的な世界観は医療にとっては不適切な世界観」と喝破します。「医者と患者とは対等ではない」と言い、共感の必要性を論じながら「安易な共感」を諫めます。自然に共感できるまで対話を続ける必要性を訴え、ダイアレクテイクな対話を何より大事にします。また独善的な経験主義にどっぷり浸ってしまう危険性から抜け出すためにEBMが必要であることを説きますが、同時に「エビデンス至上主義」的な医者の存在に釘を刺します。そもそもEBMはインターネットのもたらす大量の情報に依存しています。消費者主義はインターネットの普及と「暴走する資本主義」のもたらしたものです。消費者主義とは「最低の代価で、最高の商品を手に入れること」な訳ですから、医療現場では、患者は患者としての義務を最低限に切り下げ、医療サービスを最大限に要求することになり、医師は徹底してサービスを提供するということになります。
この変化がもちろん医療にも大きな影響を及ぼしているわけです。岩田さんは、パターナリズム(父権主義)に基づいた医療が成し遂げていた地平の復権を唱えています。勿論それは父権主義に戻ることではなく、掬い取れずにきてしまった父権主義の良質の部分をなんとか盛り込もうとする動きです。これはある意味、デジタル革命にしっかりとアナログ的な側面も取り込めよ、という姿勢のように思えます。
ジェローム・グループマン著『医者は現場でどう考えるか』(美沢惠子訳 石風社 2011)は、アメリカ人がアメリカ的医療に向けた警告の書です。「自分で考えることを放棄し、判定システムやアルゴリズムに、自分に代わって考えてもらおうとする若い医師たちが実に多くなった」ということがこの本の執筆動機のようです。10章からなるこの本は、一章一章が独立していて、それぞれが小説を読むようにわれわれを著者の世界に引きこんでいきます。これを医学書とするには余りに勿体ないと思うのは、果たして僕だけでしょうか?
「はじめに 虚心に患者と向き合う」は、すべてを象徴するかのように劇的な文章で始まります。「アン・ドッジは過去十五年間に何人の医師を訪ねたのか、もう分からなくなっていた。振り返ってみると、三十人近い医師に診てもらっただろうか」と。学生やレジデントがアルゴリズムに目を通し、最近の治験の統計を掲げるのが、大学病院の回診の光景であった。「次世代の医者は、厳密な二進法の枠組みで作動する周到にプログラムされたコンピューターのように機能することが条件づけられているだろう」とグループマンは述べます。またこの著は、「精神科医の思考方法を評価することは、私の能力を超えた試みだとすぐ気がついた。精神医学はとてつもなく広い分野にわたり、思考や精神に関するさまざまな学派や理論を包含する。そのために、本書は精神科の探索を行わない」とグループマンは精神医学を退けます(残念! しかしグループマンの言っている精神医学は、医学の一分野になることを求めつつ未だ医学に包含されずにしまった過去の精神医学のことを言っているのです。DSM-Ⅲが広く普及することによって台頭してきた精神医学は、逆説的に余りに容易に医学になりました。よってグループマンが言うようには精神医学は退けられていないのではないか、と思います。)「医学は基本的に不確実な科学である」という言い回しは、正に精神医学そのもののことです。
アン・ドッジはマイロン・ファルチャック医師を訪ねます。ファルチャックは優しい笑みを浮かべて、「私はあなたの物語を聞きたい、あなた自身の言葉で」とアンに言います。ファルチャックは、アンに関する紹介状や複数の医師たちによる無数のメモが書き込まれたカルテを机の端の方に押しのけて、「今日ここに来られた理由を聞く前に、最初に戻りましょう」とアンに告げたのでした。こうして15年間、どの医師からも「過食症」、「神経性食欲不振症」そして「過敏性腸症候群」と診断されてきていたアンは、セリアック病(グルテンにたいするアレルギー)と判明されることになった。
アメリカの医学教育は、アルゴリズムおよびデシジョン・ツリーを使った診療ガイドランを導入して、医学生とレジデントを教えるようになってきています。この背景には、アメリカの保険会社が特定の診断検査や治療法の使用を承認するかどうかを決定する際に、有用な方法だと考えているという事情があります。また製薬会社の熱心なマーケテイングも、この流れを強めています。
第7章「外科医A、B、C、D それぞれの“診断”」はセカンド・オピニオンに関してです。日本の医師の代表として登場していただいた岩田健太郎さんは、セカンド・オピニオンには反対し、またその必要を認めません。この本の著者グループマンは違っています。「人間の手には二十七の骨と多数の靭帯、筋肉、腱がある。これらが協力し合って針に糸を通し、チェロを演奏し、左フックをくらわせ、ドリルで穴を開け、そして恋人を愛撫する能力を我々に与えている。」この章で登場する患者は、右手に激痛と腫れをかかえている。三年間で六人の手の外科医に診察してもらい、何が悪くて何をすべきかについて四つの違う診断を受けた。この患者の手の悩みはタイプを打つことを習得できなかったことに起因するとも言えた。小学校五年生のときの先生からは、進学できないだろうと言われていた。悪戯に熱心で、授業にはほとんど身が入らず、時計を見つめながら休み時間になるのを今か今かと待っていた。今日の心理学者ならADHDのレッテルを貼り付けただろう、と。
A医師は以前のように正直に「よくわからない」と言う代わりに、患者にも理解できない「過敏性滑膜」なる答えを発明し、患者に手術を勧めた。B医師は、「過敏性滑膜」は臨床上存在しないと患者に同意してくれた。しかし三回の手術が必要だと言った。C医師は「軟骨石灰化症」と言った。しかし「軟骨石灰化症なら関節鏡検査は要らない。必要なのはインドメタシンのような強い抗炎症剤投与であろう。C医師もまた「発明的診断」をした。D医師は「医師たちはMRIのような高度なスキャンに頼り過ぎる。スキャンの結果が臨床所見と一致しないのであればスキャンを疑わねばならないときもある」と言った。D医師は「垂直軸の失敗」(一般的には「箱の中で考える」といわれる思考上の間違い)と呼ばれる事態を避けることができた。既成概念にとらわれない「水平思考」が重要になることがある。A医師は「遂行志向バイアス」にとらわれていた。何もしないでいるよりアクションをとりたがる傾向があったのである。B医師は別の認識エラーを犯していた。つまり「探求の達成感」と呼ばれ、一旦何かを発見すると、診断のための探求を止めてしまう傾向があることを指す。
結局患者はE医師に会い、関節鏡検査と手術は一回のセッションで同時行われ、五か月のリハビリを経て、八十パーセントまで回復しました。この患者こそが著者であるジェローム・グループマンであったとは、何とも巧妙・精巧な筋立てでしょう。
この書には宝石が至るところに散りばめられています。男性更年期と『タイム』誌の「テストステロンは空っぽでは?」という広告コピーの話。「心理学的な正常状態の定義が狭くなっている。気分屋はうつ病にされ、恥ずかしがり屋は社会的情緒障害にされ、こだわり屋は強迫性障害、とすぐレッテルを貼られてしまう」という文脈。そして何よりも私と同じ年生まれのアメリカ人著者が、「その差を知ることは依然としてアートであり、ギルドなのです。徒弟になり切って匠と一緒に作業しなければ答えは得られません」という文章を紹介していることには、いたく驚きました。この著によって私のアメリカ的なものへの偏見が解き放たれるような衝撃を受けました。デジタル革命の急先鋒であるアメリカの医療に対するアメリカ内部からの警告の書、と私には受け取れました。
岩田さんもグループマンも、奇しくも二人とも感染症、エイズ治療の専門家ですが、この一致は決して偶然ではないでしょう。Informed consentからInformed choiceへ、そして complianceからadherenceへと、医師・患者関係はパターナリズムからローターの言う「相互性」へと、使用される言葉は替わっていきます。しかし消費者主義はそう容易く覆されることはないでしょう。デジタル化がそもそも「不確実だった」医学を、「正常」と「異常」、「健康」と「病い」へと二極化し、それに消費者主義が追い打ちをかけているのが実情です。一つの正しいあり方を強要する医療は、バベルの塔と同じではないか。生物多様性に思いを馳せてみましょう。豊饒な海が失われつつあり、また精神科医療もアナログ的な世界が持っていた豊饒さを失いつつあります。余裕がないと極化するのは気候も同じで、近年私たちはいやと言うほど思い知らされています。
これまでの講義を通じて、デジタル化によって「聖性」「身体性」「呪術性」が失われることを見てきましたが、精神科医療においてはそこに「物語性」が失われることを付け加えておくべきでしょう。DSM-Ⅲは、DSM-Ⅲ-R、DSM-Ⅳを経て、折しも今年DSM-Ⅴに改訂されます。是非ともこれにはグループマン氏に代表される意見も盛り込まれていて欲しいものです。
四つの講義の締めくくりとして、もう一度池澤夏樹さんの世界に戻りましょう。『春を恨んだりはしない』(中央公論社 2011.9.11)は池澤さんが「震災を巡って考えたこと」を紙の本にしたものです。池澤さんは、ヴィスワヴァ・シンボルスカの「眺めとの別れ」を引いて、
またやって来たからといって
春を恨んだりはしない
例年のように自分の義務を
果たしているからといって
春を責めたりはしない
わかっている わたしがいくら悲しくても
そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと
……………
と謳います。
そして「震災後、ジャーナリズムは国民の感情的な反応に対象を与えようとやっきになっているように見えた。「あいつのせいだ!」と指さすこと。天災と呼んだだけでは絶望と落胆と悲哀からは抜け出せない。」と綴ります。「今の段階で言えば大事なのは被災地の復興を具体的に進めることであり、日本の電力事業を再編して安全で安定した供給システムを構築することだ。」と続けます。
池澤さんのこの記載は、正にいま僕たちがマス・メデイアに、そしてジャーナリズムに求めていることではないでしょうか?
(追記:ポーランドの女性詩人、1996年ノーベル文学賞を受賞したヴィスワヴァ・シンボルスカは、2012年2月1日肺がんのため亡くなりました。)
(2012.1月 記)