コラム

  

芽を摘み、生き永らえること  2013/9/26 記

 人間社会」は象徴的世界です。動物は生きている物理的環境に対して生理的反応をしています。その反応は現在という短い時間幅の中での即時的・刹那的なものです。人間は、この物理的環境に対する生理的反応だけでなく、言語によって作り出した象徴世界にも生きています。象徴的な社会環境は過去・現在・未来にわたっていて、多義的で矛盾する価値が同時に存在することもあって、一筋縄ではいきません。しかしこの複雑な象徴世界にあっても「適応的行動」は存在しています。これを「社会意識」と呼んでもいいでしょう。この「社会意識」の上位にルソーのいう「一般意志」と呼ばれるものがあります。これは構成員の意志の単純総和である「全体意志」とは異なり、個人の意志の寄せ集めを超えた「もの」なのです。かつてしばしば取り上げられた「共通感覚」と言ってもよいのでしょう。

 

 

                          Atacched File

         

情動と社会性について述べるとき、決まって鉄道工夫のフィネアス・ゲージが引き合いに出されます。ゲージは工事中の爆発事故で前頭葉腹側内側部に損傷を受けました。結果、勤勉で責任感があり、みんなから尊敬されていた性格は、移り気で頑固・気紛れな、不遜な性格になってしまったようです。ゲージ以降の研究から、「前頭葉腹側内側部は社会的状況の推論と、情動反応を引き起こす神経ネットワークとをつなぐ、中継点の役割をはたしている可能性」が指摘されています。「社会意識」がどのように育まれるかは、ミラー・ニューロン研究と相俟って、脳科学の目下の重要な研究対象です。

「社会意識」「一般意識」といわれるものがどう成立するかは、私にとって大変興味深いことです。これらの「意識」が非常に脆いものであることと、またある種のストレスによってどのように壊されてしまうのかを、みてみようと思います。つまり「トラウマ」について取り上げてみようと思います。

山川出版社の『詳説 世界史』『もういちど読む 山川世界史』には、ヨーロッパの火薬庫と呼ばれたバルカン半島に関して、「ソ連崩壊後には、多数の民族国家が出現し、東欧圏でもチェコスロヴァキアがチェコとスロヴァキアにわかれ、旧ユーゴスラヴィアでも民族・宗教の違いによる国家の分離がおこり」、「ボスニア・ヘルツエゴヴィナでは、国連の調停と国連保護軍の派遣にもかかわらず、深刻な武力紛争が続き、コソヴォ地域ではNATOが介入した」と書かれているのみです。旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツエゴヴィナ紛争は、分離独立を求めるアルバニア系住民とそれを認めない旧ユーゴ連邦・セルビア政府との間の抗争のことです。1984年第14回冬季オリンピックの開催された首都サラエボが紛争の舞台になり、戦いによってすっかり破壊されてしまいました。

         

映画『最愛の大地』は、この紛争によって引き裂かれた恋するカップルの悲劇を中心に据えて、紛争が当事者だけでなく一般市民に、特に社会的弱者である女・子どもに及ぶ残酷さを扱ったアンジェリーナ・ジョリーの初監督作品です。アンジー(アンジェリーナ・ジョリー)はついこの間乳がん発症リスクが高いことから乳房切除手術を受けて、関心を集めました。「17歳のカルテ」でアカデミー賞女優となり、その後数々のスキャンダルで名を成したアンジーは、人道的活動に目覚め、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の親善大使に就任しています。その彼女がボスニア・ヘルツエゴビナを初めて訪れた時に難民キャンプに収容されていた被害女性から聞いた話が、彼女にこの映画を作るきっかけを与えたようです。「戦争中の女性や性的暴力、戦争犯罪に対する説明責任、人道犯罪、和解への努力など、幅広い問題を深く追求し、理解したかった。第二次世界大戦後のヨーロッパでもっとも悲惨な戦争だったにも拘らず、自分たちの時代、自分たちの世代で起こったひどい暴力のことを、時に人は忘れてしまうものなのです」と彼女は自らの映画を紹介しています。

 

                                   Atacched File            

 

簡単に映画のストーリーをみてみましょう。

               

画家のアイラ(ムスリム系)と警察官ダニエル(セルビア系)の二人はまだ付き合い始めたばかりでした。二人がデートの場所に選んだライブ・バーは客でごった返していて、二人は人々の間を縫うように幸福に浸りながらダンスをしていました。その時爆発が起き、店は粉々に吹き飛ばされます。二人はかろうじて助かりますが、紛争の混乱の中別れ別れになってしまいます。かくして1992年、ボスニア・ヘルツエゴビナ紛争が勃発したのです。

アイラと姉は出国の準備を始めるが、セルビア人兵士がアパートに踏み込み、ムスリム系住民は強制的に連行されてしまう。男女に分けられ、男性は即座に射殺され、若い女性は兵士たちの宿舎に飯炊きや洗濯のために連行される。アイラもその一人でした。兵士によるレイプシーン、女性たちへの屈辱的な暴行の数々。女性たちの恐怖と屈辱、そして肉体的にも心理的にも苦難の連続。男性は兵士になり、手柄を立て、他の兵士に抜きんでることに血眼になり、足の引っ張り合いが生じ、その腹いせに女性に暴行を加える。アイラも恐怖に身もだえして、眠れない夜を過ごしていた。あわやレイプされそうになったアイラの下に再びダニエルが現れ、救いの手を差し出す。ダニエルはセルビア系ボスニア軍の将校になっていて、「君は僕の所有物だと言ってあるから、安全だ」と言って兵士から守るためにアイラを個室に幽閉します。ダニエルは以前と同じ恋人のように接しようとするが、アイラには既に恐怖しかありませんでした。トラウマ体験がアイラを変えてしまったことにダニエルは思いも及ばないでいたのです。

ダニエルの転属、アイラの宿舎からの逃亡と続き、その後アイラはスパイとなって再びダニエルの元へ戻ります。そして二人はかつてそうだった恋人のように逢瀬を重ねます。

ダニエルの父はセルビア軍中枢の要職に就いていましたが、ダニエルがアイラを匿っていることを聞き及びます。父は

部下を送って、アイラをレイプさせます。それに憤ったダニエルはその父の部下を射殺します。ダニエルの苦悩。

 

 

                                             Atacched File

 

 

ダニエルは大きな作戦の指揮官となり、戦場に赴きます。しかしダニエルの攻撃の作戦はアイラを通じてアイラの同志たちに漏れ、作戦終了後教会に集まった兵士たちはアイラの同志たちが仕掛けた爆弾によって命を落とすことになります。ここで初めてダニエルはアイラの真実を知ることになるのです。しかし時既に遅く、この事実を知ったダニエルがアイラを射殺するシーンがこの映画の最後の幕となります。

『最愛の大地』を観る前後に僕は『トラウマ』(宮地尚子著 岩波新書)を読んでいました。この本はトラウマに関して大変よく纏まっているものです。

                                                                                                                                                   Atacched File       

 

PTSDはトラウマの代名詞のように用いられがちですが、実際にはトラウマ反応の一部に過ぎません。米国精神医学会の『精神疾患の分類と診断の手引き』(DSM)によって診断することがわが国でも一般的になっています。そのDSMは今年第五版に改訂されました。第五版でのPTSDの項目には大きな変更はありませんでした。DSMによるとPTSDの症状は、大きく四つの症状群に分かれます。

    過覚醒(覚醒亢進)

    再体験(侵入)

    回避

    否定的認知・気分    

またPTSD以外のトラウマ反応として、抑うつ症状、解離、不安障害、パニック障害、恐怖障害などがあり、最近ではさまざまな精神障害がトラウマとの関連から見直されようとしています。

しかしいまはこの本の内容には深くは入りません。宮地さんは、軍事心理学者のデーヴ・グロスマンを引用し、戦争における殺人に対する兵士の抵抗感が、相手との距離によって大きく変わることを指摘します。グロスマンが距離を、①長距離、②中距離(手榴弾距離)、③近距離、④刺殺距離、⑤格闘距離、⑥性的距離と分けて、それぞれの違いを説明している(『戦争における「人殺し」の心理学』)ことを引用します。「性的距離は、似たように見える格闘距離や刺殺距離と比べても、侵襲がとりわけ著しい。加害者にとってそうなのであれば、被害者にとってはなおさらでしょう」と言います。

また「性暴力は国際的にもおおきな課題となっている」ことに言及し、ルワンダ国際刑事法廷が、レイプを「強制的な状況下での人間に対する性的な性質を持った身体的侵襲」と定義したこと、またその後の、旧ユーゴスラビアでの戦争犯罪(まさに『最愛の大地』が取り上げたトラウマ)を裁くハーグ国際司法裁判所においても、「非合意が明かであれば、暴行はなくとも強姦である」と明言していることを取り上げます。

合意か非合意か、暴行か暴行じゃないかは非常に判断の難しい問題であり、トラウマ問題では常に物議を醸します。しかしそこには入り込まず、確実にトラウマが生じたものとして話を進めます。

 アイラのダニエルに対する態度は揺れ動いています。疑心暗鬼になったり、救いを求めようとしたりします。勿論DSM-5にある四つの大項目はすべて満たしています。抑うつ気分、先々への絶望感、恐怖・不安、そして過覚醒状態にあり眠れず、周囲に対して感覚過敏状態にあります。恐怖は追体験されFlash backが生じます。それにも拘わらずダニエルの下に匿われ、更にはスパイとして彼と再び接触を持つのはどうしてなのでしょう? これこそが解離なのだと言わざるをえません。アイラは生き延びるための適応的な行動をとるために「社会意識」を解離させざるをえなかったのです。それゆえアイラの行動は首尾一貫としていません。相反する情動を取りまとめる意識ではなく、意識はその時々の情動に圧倒されて乖離し、自らの意識に背くような行動をとってしまいます。アイラは分裂Splittingしていて、ゆえにアイラにとっては対象であるダニエルも分裂しています。もう二人の関係は安定したものにはならなくなっています。

悲劇は、ダニエルにトラウマについての認識がなかったことによります。ダニエルが存在するだけで、アイラにはトラウマの反復になってしまいました

映画の結末はこうでしかなかったようにも思えます。それにしてもこの映画の残酷さは、あるいは兵士たちの冷酷さは、誇張され過ぎているようにも思えます。女性がプロジュースしたからかもしれません。同じものを描いても「女性の方がより残酷ですよ」という人もいます。もしそうだとするなら、それは男性より女性の方が一層強い恐怖を感じやすいということかもしれません。Fight-Flightという側面でいうなら、身体的に女性は男性のように戦うことはできないので、Flightしかないわけですから、より恐怖の度合いは強いのかもしれません。よって男性は、男性が見るよりは女性から見た方がより残酷に映るのかもしれません。このことを男性は分っておいた方がいいでしょう。

PTSDに関する脳科学の研究はどうなっているのでしょう? 脳画像研究では、記憶にかかわる海馬や、感情のコントロールにかかわる前部帯状回などの体積が減少しているという報告があります。扁桃体は恐怖条件づけに重要な場所ですが、動物実験で学習に重要な役割をもつNMDA受容体の阻害薬を飲ませると、つまり学習を阻害すると、恐怖記憶が消去されなくなります。つまりPTSDは、もう安全であるという学習が障害されてしまう病気なのかもしれません。記憶には情動記憶と陳述記憶がありますが、「陳述記憶は「自己」と「時間」を自覚する能力とともに成立したが、情動記憶はその非陳述記憶としての性質から、時間という要素を含まず、記憶内容の再現は常に現在の作用として出現する。PTSD患者において自伝的時間に位置づけられない外傷体験はいつまでも過去の出来事にならず、現在にとどまり続ける」ことになるようです。

 トラウマ問題が浮上するようになったのには、フェミニズムの流れが大きいと思えます。男性中心主義から女性の社会参画が当たり前になってきた社会における、女性の主張が大きく関係していると思えます。中国、インドでの性差別への反対運動、そしてエジプトを初めとしたイスラム圏全体に広がりつつある性の解放への動きも一連の流れと思えます。

性には本来暴力性がつきまとっていたように思えます。「ものにした」、「何人斬った」とか、「征服した」という言い回しが、あるいは最近では「肉食女子」という表現がそれを象徴しています。性愛と暴力の紙一重の様相を念頭に置く必要あり、私たちは性が本来的に備えている「暴力性」に無頓着でいてはならないのでしょう。人をものとしてではなく、人を人として愛するということの意味を問い続ける必要があります。新しい酒を古い皮袋に入れるという過ちを犯してはならないのです。

宮台真司さんは『おどろきの中国』(講談社現代新書 2013)の中で、「そもそもルソーが一般意志の存在を想定したのは、ジュネーブのような小集団でのこと」だった。生まれ育ちの過程で自然にわれわれ意識をもてる範囲で想定されていた。内集団と外集団。「内集団に適応することが多くの日本人の最大の課題になっている」一方で、「家族の存続や地域社会の存続には熱心にコミットしない。よって家族も地域もものすごい勢いで空洞化してしまっている」と述べています。私たちは「社会意識」を育むことの危機的時代に既に生きているのかもしれません。トラウマによって「社会意識」は変質してしまいますが、トラウマを防ぐのは「社会意識」なのです。哺乳類の90%は親としての世話の役割が母親だけに与えられています。ヒトは残り10%に分類され、世話する親役割は母親にも父親にもあるとされています。しかし父親も世話するということは本能に基づくものではなく、もっともっと社会・経済・文化的なものに起因しているのでしょう。近年のフェミニズの影響は大きいでしょうが、社会変動に伴いますますヒトは両性で育児を担う方向に進んでいます。こういった社会意識が大きく変わる変動の時にトラウマは生じやくすくなります。新しい変革に対応できる新しい革袋を是非とも準備しておきたいものです。

 

 

参考図書:

 小熊英二:社会を変えるのは  講談社現代新書  2012

佐藤、木村、岸本:詳説 世界史  山川出版社 2003

シャレド・ダイアモンド:人間の性はなぜ奇妙に進化したのか  草思社文庫 2013

「世界の歴史」編集委員会編:もういちど読む 山川世界史  山川出版社 2009

 西川 隆:PTSDと解離性障害にみる記憶と自己の多重性(甘利俊一監修、加藤忠文編; 精神の脳科学 所収 東京大学出版会 2008

福岡伸一:できそこないの男たち  光文社新書 2008

宮地尚子:トラウマ  岩波新書 2013

 養老孟司監訳:ブレインブック みえる脳  南江堂 2012

理化学研究所、脳科学総合研究センター編:脳科学の教科書 こころ編 岩波ジュニア新書  2013